法律相談BOX−質問箱−
労働者に対する損害賠償は可能か?
私は,勤務先の職務で,うっかりミスをしてしまって会社の取引先から債権を回収することができず,会社に損害を与えてしまいました。
会社は全額を賠償しろと言ってきているのですが,賠償義務があるのでしょうか?
会社は全額を賠償しろと言ってきているのですが,賠償義務があるのでしょうか?
故意・重過失がなければ賠償は認められず,その場合でも賠償額は相当程度制限されます。
労 働者のミスに対する損害賠償
労働者が業務を行う中で,過失により勤務先又はその取引先等の第三者に損害を与えてしまった時は,労働者に故意・過失等の帰責事由があれば債務不履行として,損害賠償責任が発生します。
労働者も労働契約上,誠実に職務を執行する義務を負っているからです。
しかし,労働者が労働を遂行する過程で通常発生する事が予想される小さな過失の場合は,損害賠償責任を追及するのが難しいとされています。
これは,会社側と労働者側との利益考量の結果,損害の公平な分担という観点から,労働者に業務上のミスの全ての責任を負わせるのが酷であるという価値判断があるからです。
会社は労働者を使って利益を得ているのであるから,それにともなうリスクは負担すべきだとも言えますし,労働者に対して監督責任もあるからです。
そこで,判例では,労働者に過失がある場合でも,故意・重過失があるときに限って損害賠償義務を認めることとしており,さらに,仮に賠償義務を認めたとしても,請求できる賠償額を制限しています。
例えば,名古屋地裁昭和62年7月27日判決(大隈鐵工所事件)では,「新鋭かつ巨大な設備を擁し,高価な製品を製造販売する会社で働く労働者は,些細な不注意によって重大な結果を発生させる危険に絶えずさらされており,長期にわたる雇用継続関係においては,労働者が些細な過失により会社に損害を与えた場合,長期的な視点から成績評価の対象として労働者の自覚を促し,再発防止を考えるのが普通であるので,会社は懲戒処分は別として,その都度損害賠償責任を追及する意思はなく,公平の原則に照らして,損害賠償請求権を行使できないものと解するのが相当である。」としています。
損 害額はどのくらい制限されるか?
例えば,石油等の輸送及び販売を業とする会社のタンクローリーを運転していた労働者が起こした自動車事故により損害を被った事件では,最高裁昭和51年7月18日判決(茨城石炭商事事件)では,@会社が経費節減のために、対人賠償保険にのみ加入し対物賠償責任保険や車両保険に加入していなかったこと,Aタンクローリーは臨時的な業務であったこと,B労働者の勤務成績は普通以上であったこと等を認定し,損害賠償の額を4分の1に制限しました。また,東京地裁平成15年10月29日判決においても,従業員が請求書送付を怠ったために生じた債権が回収不能になった損害について,やはり債権回収不能額の4分の1の限度で損害賠償を認めました。
一般的に判例では,以下の諸事情を考慮して損害賠償の範囲を限定しています。
@事故を発生させた業務の危険性
A労働者の義務違反が重過失と言えるか
B職場環境や安全対策・監督の程度
C慣れた仕事だったか特別な業務だったか
D加重な負担をともなう仕事だったか
E定型的な危険に対する任意保険加入の有無
F労働者の日常的な勤務態度
かように,従業員に対する損害賠償はストレートには認められませんので,注意が必要です。
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